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柳青(1916-1978)

中国現代作家、陝西呉堡県人。

柳青、本名劉運華、字東園。1928年5月中国共産主義青年団に参加。綏徳省立第四師範学校、楡林省立第六中学で学び、1934年西安高級中学に進学した。この間、詩、エッセイを書き始め、外国文学作品の翻訳などを行った。1935年、上海『中学生』文芸季刊にエッセイ「待車」を発表し初めて柳青と署名した。「一二・九」運動が起ると西安学生抗日愛国運動に身を投じ、西安学生抗日救国連合会機関刊行物『救亡線』の編集者、学聯会刊『学生呉呼声』主編になった。1935年中国共産党に参加。1937年8月『西北文化日刊』副刊『戦鼓』編集者になり、西安臨時大学ロシア語先修班に入学した。翌年4月延安へ転じた。陝甘寧辺区文化協会で仕事を行った。1939年から1940年まで従軍記者、文化教師として八路軍に従軍し山西戦争第一線に立ち、多くの抗日闘争を反映する短編小説を創作した。大部分は『値雷』特集に収められている。1940年10月文学月刊『谷雨』編集者になり、この期間は辺区生活を反映する短編小説を多く書いた。

1943年米脂県民豊区で文書係を勤めた。1945年9月軍隊に随行して東北地方に行くが、引き続き文芸業務に従事した。1947年陝北にもどり、農村互助合作運動を反映する長編小説「種谷記」を書いた。中華人民共和国成立後、『中国青年新聞』の創刊に参加し、編集委員、副主任となった。中国青年作家代表団に随行してソ連を訪問したこともある。1952年長安県県委書記となって皇甫村に家を構えた。10数年間、農業合作化の各階段の仕事に参加し農村各階層の思想感情、風俗、言葉がよく理解し、現地の庶民と深い感情を共有する。1959年、中国農村社会主義革命を反映することを主題とした代表作「創業史」第一巻が発行されれ、創作のピークを迎えた。1964年以前にほぼ第二部の初稿を完成していた。中国人民政治協商会議第五回全国委員会委員、政治協会陝西省委員会常務委員、中国作家協会理事、作家協会西安分会副主席などの職務を歴任した。文革が始まると、創作の中止を余儀なくされ、迫害を受け障害を負った。状況が少し好転した時に、『創業史』の第二部原稿の訂正を行ったが、病気のため未完成。1977年『創業史』第二部(上)を発表した。1978年6月13日北京で逝去した。

柳青には長編小説『銅墻鉄壁』、短編小説『恨透鉄』、エッセイ特集『皇甫三年』などの著作もある。

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