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秦腔

陰暦五月五日の端午節は中国で大きな伝統的祝日の一つである。端午節は端五、重五、端陽の名もあり、地方によっては五月節、菖蒲節、夏節とも呼ばれる。端午節の由来について諸説があるが、最も人口に膾炙するのが、屈原の説である。

秦腔(しんこう)は、陝西省、甘粛省、青海省、寧夏回族自治区、新疆ウイグル族自治区などの西北地区で行われている最大最古の伝統劇である。秦腔の発生と発展は京劇、晋劇、河北梆子、豫劇、川劇などの劇曲に深い影響を与えたので「百種の劇曲の祖」という名前もある。

秦腔は古代の陝西、甘粛の一帯の民間楽舞と次第に融合して形成したといわれ、周代以降、関中地区は「秦」と称されたため「秦腔」と呼ばれる。また、ナツメの木で作った梆子を使うため、「梆子腔」という呼び方もある。秦腔は「秦代で形成し、漢代で精進し、隋代で盛んになり、唐代で整備し、明代で広がり、清代で流行り、進展変化は何度もあり、盛観を呈している。」と言われる。唐玄宗の李隆基が「梨園」設立し、秦腔芸人の子弟を育成し、宮廷の曲も民間の曲も歌たわせたと伝えられている。陝西省の民間芸人の李亀年は「梨園」の演奏者を務め、彼の作った『秦王破陣楽』は「秦王腔」と称し、略称は「秦腔」である。明の嘉靖の年間に、甘粛、陝西省の一帯の秦腔は次第に梆子劇になった。清朝繁栄時期にあたる乾隆年間には、秦腔の名優――魏長生が都を訪れ、巧みで完璧な演技で都を風靡した。

芸術の特徴では、秦腔の節回しには「板式」と「彩腔」の二部分が含まれ、各部分は「歓音」と「苦音」がある。観音は喜びや嬉しさ、苦音は悲憤や悲しさを表す。板式には慢板、二六、代板、起板、尖板、滾板及び花腔があり、「彩腔」は俗称が二音で、音の高さが8度で、慢板式、二倒板式、代板式と垫板式の四つに分かれている。秦腔は各地の方言や音楽の影響で、様々な流派を生み出した。東府秦腔、同州邦子とも呼ばれ、関中東部渭南地区の大荔や蒲城近辺で盛んである。関中西部宝鶏地区の鳳翔・岐山・隴県や甘粛省天水一帯で流行したのは西府秦腔で、漢中地区の洋県・城固・漢中・沔県一帯で流行したのは南府秦腔で、西安及びその近辺で流行したのは西安秦腔である。

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